義経 第39回「涙の腰越状」


平宗盛・清宗親子を京から護送してきたものの、鎌倉には入れてもらえず、腰越で足止めを食らっている義経主従。そこで世に有名な「腰越状」をしたためるわけですが、そこに至るまでのお話。

宗盛の恥も外聞もない命乞い

鎌倉に来たものの、なかなか頼朝との面会が叶わなかった宗盛親子ですが、ようやく対面と相成りました。しかし、頼朝を初め、有力御家人たちに囲まれ、怯えるハムスター宗盛。
それに比べて、息子の清宗がかなり堂々と受け答えしており、宗盛、総大将どころか父親としての威厳もまるでなし!(爆) 清宗はさすが、先週重衡叔父に「兄上を頼む」と言われただけあって、しっかりしないと! という意思があったのでしょう。
でももっと宗盛は情けなくボロボロになっているのかと思ってたので、意外にそれ程でもなくちょっとがっかり?!

宗盛たちとの対面を終えた後、北条時政たちに宗盛の処遇をどうするか尋ねられ、答える頼朝。
「もし宗盛がそれなりの人物であれば我が陣営に迎え入れるつもりだったが、弟の重衡殿の器量と比べると・・・」
と完全に馬鹿にされている。他の御家人に「平家の凋落むべなるかな」とまで言われてるし。(いや、実際宗盛が棟梁にならなかったら違う歴史になっていたかもしれないもんね)しかし、もし宗盛が器量のある人物だったとしても、鎌倉陣営に入れるのは無理だと思うんですけど・・・(^^;)
先週、梶原景時義経建礼門院を訪問したことを責め、「敵方に温情をかけすぎる」と言っていたのだから、もし宗盛を鎌倉方に入れることになればものすごい反発が起こりますよ、頼朝殿!

態度豹変、北条政子

先週、気鬱の大姫が「九郎の叔父上に会いたい」とつぶやいていたので、娘が可愛い政子はなんとか義経と大姫を会わせようと画策するが、頼朝の許しもないのに会うわけにはいかない、と義経に断られてしまう。
「せっかくこちらが手を差し伸べてやっているのに、どうしてこんなに融通が利かないのか!」と政子様はかなりお怒りのご様子でした。
今まで義経を危険人物扱いしたり、大姫の一件で途端に義経擁護に回ったりと、態度がコロコロと変わってましたが、今回の懐柔策→激怒ぶりは理解できました。自分が下手に出てやっているのに、どうしてそれがわからないのよ! ってところでしょうかね。

弁慶、突然デキる部下に変身

今まで政治的にとんと無能に見えた弁慶が、今回はやたらかっこよく見えた!
でも今までの描写がどうにもコント風だったので、唐突な気がするんですが・・・。
今まで主人の義経以上に政治的な空気を読めない、単なる義経マンセー要員その1だったのに、いきなり頼朝のこれまでの仕打ちを思い返せとか、立派な諫言をしてたけど、言うの遅いっつーの! せめて佐藤継信が退場してからでも、それらしく義経の誤りを指摘する言動を取っていたら唐突感は少なかったと思うんですが。
その諫言が真実を言い当てられたからか、機嫌が悪くなった義経と一悶着はありはしたものの、なんとか元の鞘に収まり(?)、義経は頼朝に向けて許しを乞う嘆願の書状を綴る。

しかし、ここでまたまた回想シーン!!
ついこの前も回想シーンやったのに、それより短いとはいえ(でも約10分・・・)こう何回も回想シーンを流されると、手抜きしているような気がするよー。
それに、頼朝に対して想いを綴ってるなら、頼朝との回想をメインにすればいいのに、頼朝とは関係のない牛若時代とか、どうしてそれを? と不思議な構成でした。
赤子の牛若ちゃんは確かに可愛かったし、生まれてすぐ苦労して、肉親との関わりが薄い。だから肉親(=兄上)への情は特別なんですよ、ということなんだろうけど・・・。

回想シーンも効果的に使わないと、「またかよ!」と固定ファンすら逃がしてしまいかねないので、製作側も注意してほしいもんです。